(解析例-1) 高ひずみ化合物の異常結合長の原因を探る 高ひずみ化合物のひとつであるシクロファン光異性体(図1)において,C9-C10'結合が異常に長いことがX線解析において報告されている。 結合伸長の原因としては,4員環のひずみ・置換基間の立体反発・ベンゼン環のπ軌道とC9-C10'間のσ*軌道の間の電子移動などが考えられる。しかし,分子内電子移動を調べるための決定的な方法がこれまでなかったことにより、未だその原因はわかっていない。 図1 このページの先頭へ そこで我々は、この分子内電子移動の問題に対してTS/TB法を適用した. 議論を簡単化するため、まずはモデル分子A(図2 左)を解析対象として 二重結合を4員環との結合のまわりで回転させ、各二面角での最適なC1-C2長を求めた(図2 右グラフ). 興味深いことに、光異性体中での二重結合の角度(グラフ内 緑の矢印)に対応した場所で,赤い円で示すように異常な結合伸長を示すことがわかった。(中央のポテンシャルの山は置換基間の立体反発に起因する) 図2 このページの先頭へ この異常なC-C伸長が核間反発など古典的な静電相互作用では説明できなかったため、 図3左に示した二重結合部のp軌道とC1-C2間軌道とのThrough Space(TS)相互作用をTS/TB法によって解析した. 今考慮しているTS相互作用が分子に存在するときと存在しないときの二つの場合で,C1-C2結合の強さを表す指標となるBond Populationの変化を調べた(図3右グラフ). 二重結合が光異性体中の角度になるとき-つまり、p軌道がC1-C2間の軌道と"同平面"になるとき-に、C1-C2間のBond Populationが大きく減少する(結合が弱くなる)ことがわかった。 図3 このページの先頭へ このBond population減少の原因を調べるために分子軌道の混ざりこみを解析したところ, そのような角度では二重結合部のπ軌道を介したσ-σ*相互作用(図4)※が起こっていることが明らかになった。 ※結合を弱めるσ*の寄与と強めるσの寄与がHOMOへ混ざりこみ,打ち消しあう.そのため,σからの結合を弱める寄与が実質的なBond Populationの減少へつながっている. 図4 このページの先頭へ このようにTS/TB解析により,光異性体中において分子内電子移動が起こってC-C結合が弱められていることが示唆された. 結果の詳細は参考文献5を参照.
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※結合を弱めるσ*の寄与と強めるσの寄与がHOMOへ混ざりこみ,打ち消しあう.そのため,σからの結合を弱める寄与が実質的なBond Populationの減少へつながっている.